この世界にいる深い意味はなく、正解なん半てどこにもない。
そして、勝ち組だろ眼うと負け犬だろうと人はいつか死ぬ。
勝敗など幻想であり、意味はなく、死は平等なのであ無る。
だからこそ、あるがま心まであれ。
この世界にいる深い意味はなく、正解なん半てどこにもない。
そして、勝ち組だろ眼うと負け犬だろうと人はいつか死ぬ。
勝敗など幻想であり、意味はなく、死は平等なのであ無る。
だからこそ、あるがま心まであれ。
世界には様々な武芸者がいる。幼い時から武道で戦う術を習い、仮想敵をイメージしながら鍛錬して成長する。そして、そのライバルいわゆる仮想敵に勝つことを目標にしながら大半の人はハードトレーニングに励むことだろう。しかし、それでは決して勝者にはなれない。なぜなら本当の倒すべき敵はあなたの心に潜む憎悪だからである。私は若者でこの憎悪に取りつかれて不幸になる人を何人も見てきた。私もこの心の闇である憎悪に取りつかれて怒りを沈めたりするために、がむしゃらに木刀を振ったり、サンドバックを殴ったりした。こういうことを言うことは反感を食らうかもしれないが、武芸者で自ら敵を作って、その敵を倒し、また敵を作るがいい加減に気づくべきである。本当の敵は己の心の闇である憎悪であることに。しかし、私は幸運にも仏教に出会い、仏教から禅である瞑想を学んだ。そして、この瞑想こそが私のメンタル治療に大きく貢献した。瞑想は様々なやり方があるのだが、私は座禅で座って目を半目にして心を無にしている。最低でも20分はやるべきだろう。瞑想してると様々な雑念や過去の記憶や仮想敵が思い浮かぶ。その雑念や過去の記憶や仮想敵をイメージでかき消すのである。私は長年メンタル治療に励み瞑想修行を行った。時には行水いわゆるコールドシャワーや水風呂で心身を清めたりした。もちろん読経もしたし、写経もした。その修行の成果なのか分からないが、仏様の声を少しだけ聞き取れるようになった。大半の人は幽霊を恐れることだろう。しかし、本当に怖いのは霊ではなく、憎悪に取りつかれて鬼になった人間だろう。人の心などの自我は不思議であり、思考は現実化するようになっている。たとえば楽しいと思えば楽しいことを引き寄せ、悲しいと思えば悲しいことを引き寄せてしまうのである。それと同じで自分の心が憎悪に取りつかれると、災いを引き寄せることになってしまうのである。これは私が自衛隊を辞めた後に経験したことである。様々な災難があったが、私は神仏に試練を与えられたと自覚している。武芸者は仮想敵より強くなるためにハードトレーニングに励むことだろう。しかし、人間は絶対に勝てるという信念があって、イメージ化できれば誰でも強者に勝つことができるのである。己の憎悪に勝つことが正に戦わずして勝つことだが、仮想敵と調和し戦意喪失させればそれは勝ったと同じことなのである。憎悪に取りつかれ敵をたくさん作る者は必ず破滅の道を辿ることになるだろう。それは歴史が物語っているのである。私は最後に神仏の導きによって神道の神秘を知ることができた。神社や神棚には必ず鏡があるが、かがみの我を取ったら神となり、自分の心の神様を祀りなさいと象徴的に教えている。神とは何か?神はこの世界の創造主であり、実体がなく、変幻自在である。あなたの好きな人や好きな架空の人物は何ですか?それがあなたの神です。それに気が付いたあなたは、あなただけの真理いわゆるあなただけの答えに辿り着くことでしょう。

主人公の名前は如月海斗。海斗は一人の女性に恋をしていた。その女性の名前は未来。未来は不思議な少女であり、未来が見えるという特殊能力を持っていた。海斗はごく平凡の高校生なのだが、いつも一人になっている未来のことが気になっていた。放課後、海斗はいつものように下校しようとしていた。すると下駄箱に手紙が入っていたのである。今時ラブレターなんて少し違和感を感じたのだがなんとなくうれしい気持ちになっていた。ラブレターを開けると紙に「屋上にきて」と書かれていた。海斗はこれは告白に違いないと思い少しテンションが上がっていた。海斗は幸運なことに予定がなく今すぐにでも屋上に行ける状態である。海斗は迷いもなく屋上に向かうことにした。屋上につくとなぜかわからないが鍵がかかっていて外に出ることができなかった。おかしいなと思い、海斗は結局帰ることにしたのである。帰宅途中、海斗が自宅の前に着くとなんと未来がいるではないか。未来は玄関の前の段差に座っていた。「よう、元気か?」「あ、海斗君ごめんね。屋上開いてなかったよね」未来は照れ笑いしながら海斗に近寄った。「いや、いいんだよ。全く気にしてないからさ」海斗は不思議に思った。確かに海斗は未来のことが好きだった。しかしあまりのも偶然が重なり少し驚いている。人生なんて映画やドラマみたいなことはないのにまさかこのような展開になるとは人生とは不思議なものである。海斗はそうおもった。「未来さ、俺と会話するの初めてだよね。これから予定とかあるのか?」「ううん、ないよ。うち海斗君のことずっと待ってたんだよ」すると未来は海斗の左手を両手でぎゅっと握った。海斗は少し困惑していたのだが、自然と心が落ち着いていた。それにしても少し展開がはやくないだろうか。「ちょうど両親は仕事でいないんだ。家に上がる?」「うん、ありがとう。その気で来たんだよ」海斗は鍵を開けると未来を家の中に入れた。海斗はふと思った。進展がはやくないだろうか。普通の女性は警戒心が強くそう簡単に男の家には入らないはずである。しかし未来は何も警戒しないですんなりと俺の家に入った。何か特別な目的があるのかもしれない。海斗はそう思った。「今は秋だから少し肌寒いよね。よかったらほうじ茶でも飲む?」「ほうじ茶?いいね。ありがとう」海斗は未来をソファーに座らせお湯を沸かし未来にほうじ茶を渡した。「熱いから気を付けてね」「うん、ありがとうね」未来はほうじ茶をフーフーしながらお茶をすすった。「未来、ところで俺に用があったんじゃないのか?」海斗はおそるおそる未来に質問を投げつけてみた。「じつは海斗君。私ね。夢で未来を見ることがあるの。」「なんだって…!?」「信じてくれる?」海斗は思いがけない返答に思わず困惑してしまった。なぜならてっきり愛の告白だと思っていたからである。「うちね、見てしまったの。日本が無政府状態になる夢をね」「それは本当なのか?」海斗はほうじ茶を飲み干し気持ちを落ち着かせていた。まさか自分が好きだった女がこんなミステリアスな女だとは思いもしなかったからである。
ただなんとなく、時が過ぎていく。
そんな経験があるかもしれない。
だがしかし、すべてには何かしら意味があると言われている。
人は死後、どこへ向かうのか。
死後の世界は基本的になんでもありだと言われている。
心が清らかな人は天国に行くし、心が荒んだものは地獄に行くと言われている。
この当たり前のようで当たり前じゃない真実。
死後の世界はこの世界の生物の精神世界の投影なのだ。
その真実を知れば、だいぶ心が軽くならないだろうか。
私は霊感があるからこそ、わかることなのである。
日月神示にも書かれていたが、ミロクの世は近いのである。
何も恐れる必要はない。
ただ、自分に与えられている仕事を一生懸命にやることなのだ。
私も何かしらの使命を受けて、情報を発信している。
時は近い。
時とは「シンギュラリティ」のことである。
つまり、ミロクの世とは、技術特異点である、シンギュラリティを超えた、新たな時代のことなのである。
【原文】
南無喝囉怛那哆羅夜耶。南無阿唎耶。婆盧羯帝爍鉗囉耶。菩提薩埵婆耶。摩訶薩埵婆耶。摩訶迦盧尼迦耶。唵。薩皤囉罰曳。數怛那怛寫。南無悉吉利埵伊蒙阿唎耶。婆盧吉帝室佛囉楞馱婆。南無那囉。謹墀醯唎。摩訶皤哷。沙咩薩婆。阿他豆輸朋。阿逝孕。薩婆薩哷。那摩婆伽。摩罰特豆。怛姪他。唵。阿婆盧醯。盧迦帝。迦羅帝。夷醯唎。摩訶菩提薩埵。薩婆薩婆。摩囉摩囉。摩醯摩醯唎馱孕。俱盧俱盧羯蒙。度盧度盧罰闍耶帝。摩訶罰闍耶帝。陀囉陀囉。地利尼。室佛囉耶。遮囉遮囉。摩摩罰摩囉。穆帝隸。伊醯伊醯。室那室那。阿囉參佛囉舍利。罰沙罰參。佛囉舍耶。呼盧呼盧摩囉。呼盧呼盧醯利。娑囉娑囉。悉利悉利。蘇嚧蘇嚧。菩提夜菩提夜。菩馱夜菩馱夜。彌帝唎夜。那囉謹墀。地利瑟尼那。婆夜摩那。娑婆訶。悉陀夜。娑婆訶。摩訶悉陀夜。娑婆訶。悉陀喩藝。室皤囉夜。娑婆訶。那囉謹墀。娑婆訶。摩囉那囉。娑婆訶。悉囉僧阿穆佉耶。娑婆訶。娑婆摩訶悉陀夜。娑婆訶。者吉囉阿悉陀夜。娑婆訶。波陀摩羯悉陀夜。娑婆訶。那囉謹墀皤伽囉耶。娑婆訶。摩婆唎勝羯囉耶。娑婆訶。南無喝囉怛那哆羅夜耶。南無阿唎耶。婆盧吉帝。爍皤囉耶。娑婆訶。悉殿都。漫哆囉。跋陀耶。娑婆訶。
【ふりがな】
なむからたんのーとらやーやー。なむおりやーぼりょきーちーしふらーやー。ふじさとぼーやーもこさとぼーやー。もーこーきゃーるにきゃーやーえん。さーはらはーえいしゅーたんのーとんしゃー。なむしきりーといもーおりやー。ぼりょきーちーしふらーりんとーぼー。なむのーらー。きんじーきーりー。もーこーほーどー。しゃーみーさーぼー。おーとーじょーしゅーべん。おーしゅーいん。さーぼーさーとーのーもーぼーぎゃー。もーはーてーちょー。
とーじーとーえん。おーぼーりょーきー。るーぎゃーちーきゃーらーちー。いーきりもーこー。ふじさーとー。さーぼーさーぼー。もーらーもーらー。もーきーもーきー。りーとーいんくーりょーくーりょー。けーもーとーりょーとーりょー。ほーじゃーやーちーもーこーほーじゃーやーちー。とーらーとーらー。ちりにーしふらーやー。しゃーろーしゃーろー。もーもーはーも-らー。ほーちーりー。ゆーきーゆーきーしーのーしーのー。おらさーふらしゃーりー。はーざーはーざー。ふらしゃーやー。くーりょーくーりょー。もーらーくーりょーくーりょー。きーりーしゃーろーしゃーろー。しーりーしーりー。すーりょーすーりょー。ふじやーふじやー。ふどやーふどやー。みーちりやー。のらきんじー。ちりしゅにのー。ほやものそもこー。しどやーそもこー。もこしどやーそもこー。しどゆーきーしふらーやーそもこー。のらきんじーそもこー。もーらーのーらーそもこー。しらすーおもぎゃーやーそもこー。そぼもこしどやーそもこー。しゃきらーおしどーやーそもこー。ほどもぎゃしどやーそもこー。のらきんじーはーぎゃらやーそもこー。もーほりしんぎゃらやーそもこー。
【現代語訳】
仏法僧の三宝に帰依し奉る。
大悲者なる聖観自在菩薩に帰依し奉る。
おお、一切の恐怖を除去し給う者に帰依し奉る。
已に聖観自在菩薩に帰依し終わり
私はまさにこの光輝ある観音の真言を宣説す。
この真言は、一切の願いを満足させ
一切の鬼神も打ち勝つことが出来ない。
いわゆる
オーン
光明のごとき智慧を持つ者である
この世界を超越した
大菩薩を奉請し奉る。
大菩薩よ
菩薩よ、菩薩よ
憶念せよ、憶念せよ
一切の塵垢を無くした清浄の心で常に
真言を
行為せよ、行為せよ
よく保持して
勝利者よ
最勝なる王者よ
保持せよ、保持せよ
聖観自在菩薩よ
行動せよ、行動せよ
無垢清浄の本体よ
(不明)
来たれよ、来たれよ
(不明)
貪瞋痴の三毒を
取り去りたまえ
無垢清浄の本体たる
菩薩よ
流れ出でよ
現れ出でよ
進み出でよ
我等を悟入させ
自覚覚他覚行円満ならしめよ。
慈悲の権化である観音よ
貪欲の我等を満足させよ。
悉地を成就し
大悉地を成就し
瑜伽自在を成就し
観音の御心を体得させ
無垢清浄なる
獅子王のような勇者となり
あらゆる存在にその身を応現することを得て
輪宝を得
蓮華手を得て
自由に説き自在に済度することを得て
観音の総てを学び終わった。
仏法僧の三宝を敬礼し奉る
聖観自在菩薩に帰依し奉る。
あらゆる物を成就し
具足し
あらゆる吉祥を得て究竟す。
「仏の説く偉大な仏の智慧の悟りを開く核心の教え」
観自在菩薩は真実に目覚める智慧の行を努められて、身も心も「空」であることを悟られ、一切の苦しみから救われる道を示された。
シャーリプトラよ、形あるものは空であり、空が形あるものを構成している。
したがって、形あるものはすべて空であり、空がもろもろの形あるものになっていて、感覚も、思いも、分別も、認識も、これと同様である。
シャーリプトラよ、この世の一切のものの真実の相は、みな空であって、生ずることもなく、なくなることもなく、垢れもせず、浄らかにもならず、減りもせず、増えもしない。
故に、空が構成する実相の世界では、形あるものは何もなく、感覚も、思いも、分別も、認識も、何もない。
そこには、眼も、耳も、鼻も、舌も、身体も心もなく、また、形も、声も、香りも、味わいも、触覚も、心の作用もない。
眼に見える世界から意識の世界までもない。
無知でいる必要もなく、無知から脱して悟ることもない。
老死もなく、老死の尽きることもない。
また、苦も、苦の原因も、苦のなくなることも、苦をなくす道もない。
さらに、教えを知ることもなく、悟りを得ることもない。
このように、何も得ることがないということを菩薩は真実に目覚める智慧によって、あるがままに見ることができるから、心に障りがない。
心に障りがないから怖れることがない。
したがって、一切の迷いを離れて、心の安らぎに至るのである。
過去、現在、未来の仏達も真実に目覚める智慧によって、完全な悟りを成熟されたのである。
故に真実に目覚める智慧である「般若波羅蜜多」の教えは、大いなる霊力を持った言葉であり、明らかなる言葉であり、この上ない言葉であり、他に比類のない言葉である。
したがって、一切の災厄を除き、真実にして虚しさがない。
そこで真実に目覚める智慧に至る呪文を説こう。すなわち、その呪文とは…。
ギャーテイ (往ける者よ)
ギャーテイ (往ける者よ)
ハーラーギャーテイ(迷いの世界から悟りの世界に行け)
ハラソウギャーテイ(迷いを断ち切り)
ボージーソワカー(悟りを成熟せよ)
般若心経「悟りに至るための重要な教えを終わる」
私が仏になってから経過した期間は、百千万億という長い時間です。その間に教えを説いて数限りない人々を教化し、仏の道に導いてきました。それから長い時間が経過しました。
人々を救うために、一度は(釈迦として)死んだ姿をとりましたが、実際に死んだのではなく、常にこの世界にいて法を説いているのです。私は常にこの世に現れていますが、神通力によって迷っている人々には、姿を見せないようにしているのです。人々は私の死を見て、私の遺骨を供養し、私をなつかしく思い、慕い敬う心を起こしました。人々が信仰心を起こし、心が素直になり、仏に会いたいと願い、そのために命も惜しまないように、その時私は、弟子たちと霊鷲山に姿を現します。そして人々に語ります。
「私は常にこの世界にあり、不滅ですが、人々を導く手段として死んでみせたのです」と。
他の国土の人々も、私を信じ敬うならば、その人々のためにも、「私は最高の教えを説くでしょう」。
あなたたちはこれを信ぜず、私が死んだと思っています。私がみるところ、人々は苦しみの中にあえいでいます。
だから姿を現わさず、すがる心を起こさせたのですが、今私を仰ぐ心が起こったので、こうして姿を現し教えを説くのです。
私の神通力はこのようにすばらしく、永遠の昔から、常にここ霊鷲山や、またこの世界の場所にいます。
人々がこの世が終わりを迎え、種々の災害が起こると思っているときでも、私の国土は安らかで天人や人々で一杯です。
その世界の花園や宮殿は、種々な宝石で飾られ、木々には多くの花や実がなり、人々はそれらを楽しんでいます。
天人たちは天の楽器をならし、常に多くの音楽を演奏し、マンダラの花が、仏や人々の上に降り注いでいます。
私の国土は不滅であるのに、人々はこの国土の終わりが迫って、あらゆる苦しみや悩みに溢れていると錯覚しています。
罪を重ねてきた人々は、悪い行為の結果、どんな長い時が過ぎても、仏の教えを聞くことができませんが、善い行為をなし、心が素直な人々は、皆私の姿を見られますし、私の教えを聞くこともできます。
こうした人々に、仏の寿命は永遠であると説き、やっと仏の姿を見ることができた者には、仏の姿を見るのは困難だと説きます。
私の智恵の働きがこれほど優れ、その光はどこまでも照らし、寿命が永遠なのは、過去の長い間の修行の結果なのです。
もしあなたたちに智恵があれば、私のいったことを疑ってはいけません。疑う心を完全になくして下さい。
仏の言葉は常に真実です。例えば医者が、狂った子供たちを技法を以て救うために、
生きているのに死んだと言ったのが嘘でなかったように、私も人々の父として、彼らの苦しみを救おうとしているのです。
人々は迷っているので、私が死んだと錯覚しています。私が常に姿を現わしていますと、なまけ心を起こし、欲望に捕われて、悪世界に堕ちることになります。そこで私はいつも人々が、正しい道を歩んでいるかを見極め、どうすれば救えるかを考えながら、ふさわしい教えを説いています。
そして常に、「どうすれば人々を最高の教えに導き、
一刻も早く仏に成るだろうか」と常に念じているのです。